伊東豊雄 中沢新一 「建築の大転換」
賢治本を漁っているうちに中沢新一に出会った。とある賢治本に所収されていた「過ぎ越しの賢治」という対談での中沢氏の発言に興味をもったのであるが、中沢氏の著作はまったく読んだことがない。いきなり宗教だの哲学だのを論じた本を読んでも理解不能だろうから、まずはとっつきやすそうなこの本を読んでみた。
意外とオキラクな人だと思った。「経済学者がはじき出すGNPの数字がどれほど伸びても、それが直接的に私たちの幸福に結びついたりしないことが、はっきり見えてきました」なんてまだ言ってる。こんなのは20年以上前のバブル崩壊の時にもいろいろな人が言っていた。このバブルの後始末は長くかかり、阪神淡路の地震もあったが、ITバブルでコロッと忘れて「カネがすべて」とか言ってるヤツがもてはやされる。お次は新興国バブル。またもはじけてまた大地震があったが、今度は安倍バブルでまたコロッと忘れている。そろそろ「何をやっても間に合わない/世界ぜんたい間に合わない」と悟ってもいいのではないでしょうか。それでも羅須地人協会でガンバルところが賢治のエラさである。
「第8次エネルギー革命は・・かつて植物が行った偉大なエネルギー変換を人類が電子技術的に真似た太陽光発電を追求していくことになるでしょう」とも言っているが、植物のいとも精妙なる光合成と今の太陽光発電など月とスッポンでそれを”真似している”なんて言ったら植物に笑われる。半導体技術を進化させたところで永遠に植物の光合成のレベルには至らず、太陽光発電のパネルを並べてエアコン回すよりも家の周りに木を植えて木陰で涼む方がよほどてっとり早い、というのが私の主張である。
一方の伊東さんの発言。東北の復興プロジェクトに取り組むんでいると、自分たちと自治体との間に大きなギャップを感じる。そのギャップを乗り越える鍵は「自治体の側にいる人、官僚の中に、人間らしい感覚をもった人を一人でもいいから見出すこと」だと。トホホ・・・という感じである。何でお役所という所にいるとみんなロボットみたいになってしまうのだろう。「一人でもいいから」というところが何とも悲しい。
意外とオキラクな人だと思った。「経済学者がはじき出すGNPの数字がどれほど伸びても、それが直接的に私たちの幸福に結びついたりしないことが、はっきり見えてきました」なんてまだ言ってる。こんなのは20年以上前のバブル崩壊の時にもいろいろな人が言っていた。このバブルの後始末は長くかかり、阪神淡路の地震もあったが、ITバブルでコロッと忘れて「カネがすべて」とか言ってるヤツがもてはやされる。お次は新興国バブル。またもはじけてまた大地震があったが、今度は安倍バブルでまたコロッと忘れている。そろそろ「何をやっても間に合わない/世界ぜんたい間に合わない」と悟ってもいいのではないでしょうか。それでも羅須地人協会でガンバルところが賢治のエラさである。
「第8次エネルギー革命は・・かつて植物が行った偉大なエネルギー変換を人類が電子技術的に真似た太陽光発電を追求していくことになるでしょう」とも言っているが、植物のいとも精妙なる光合成と今の太陽光発電など月とスッポンでそれを”真似している”なんて言ったら植物に笑われる。半導体技術を進化させたところで永遠に植物の光合成のレベルには至らず、太陽光発電のパネルを並べてエアコン回すよりも家の周りに木を植えて木陰で涼む方がよほどてっとり早い、というのが私の主張である。
一方の伊東さんの発言。東北の復興プロジェクトに取り組むんでいると、自分たちと自治体との間に大きなギャップを感じる。そのギャップを乗り越える鍵は「自治体の側にいる人、官僚の中に、人間らしい感覚をもった人を一人でもいいから見出すこと」だと。トホホ・・・という感じである。何でお役所という所にいるとみんなロボットみたいになってしまうのだろう。「一人でもいいから」というところが何とも悲しい。
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